米国女子ツアーのCPKC女子オープンで、山下美夢有選手が米ツアー通算4勝目を挙げました。
初日から一度も首位を譲らない完全優勝。通算23アンダーの「257」は、
LPGAツアーの72ホール最少ストローク記録に並ぶ圧巻のスコア。
2位に入った吉田優利選手との差は、実に9打。
SNSでも「圧勝」「独走」「ライバルを寄せつけなかった」という声ばかりでした。
ところが、山下選手の4日間を見ていると、不思議なほど「圧倒した」という印象がなかったのも事実。悔しい表情を見せるわけでもなければ、派手なガッツポーズもありません。
難しいショットを次々と決めたというより、ティーショットをフェアウェイに運び、
セカンドでグリーンを捉え、淡々とパットを沈めていたら、いつの間にか9打差がついていたのです。
山下美夢有は、なぜこれほどすごいことを「さりげなく」成し遂げられるのでしょうか。
今回も、スポーツオタク「シュウゾウ」、うるさい理論派「フカボリ」、情報レポーター「カタヒラ」、メンタルアナリスト「ホリシン」が、そのメンタルの秘密を語り合いました。
9打差なのに「圧勝感」がない?

いやあ、強かった! 山下美夢有選手、強すぎるよ!
初日から首位を守って、2位の吉田優利選手に9打差。
もう完全な横綱相撲じゃないか!

あのー、アメリカで横綱相撲って何ですか?
それにしても最終日は、6打差の首位からスタートして「66」。
通算23アンダーまで伸ばしました。4日間すべて60台です。
まあ確かに横綱相撲ですが・・・

しかも、守りに入ることもなく、最終日もきっちり4つ伸ばしている。

でも、僕もやはり「横綱相撲」という表現は少し違うと思うんですよ。
アメリカだからってことじゃなく。

また理論派のヘリクツが始まった。
何が違うんですか。9打差ですよ!

「横綱相撲」というと、圧力をかけて相手をねじ伏せるイメージでしょう。
でも山下選手は相手を押し倒そうとしていない。
自分がやるべきことを繰り返していたら、
結果として相手が遠くに離れていったんです。

確かに、4日間を通して大ピンチを何度もスーパーショットで切り抜けた、
という勝ち方ではありませんでした。
初日から首位に立ち、その差を静かに広げ続けました。

そこが「さりげなく勝つ」ということなんでしょうね。
山下選手は、相手に勝とうとする前に、
自分のゴルフを崩さないことに集中しているように見えます。
他人との差を広げようとしたのではなく、
自分がコントロールできる一打に集中した。
その結果、9打差が生まれたのだと思います。
3週間前には、全英女子オープンで涙を流していた

それにしても、3週間前には全英女子オープンで予選落ちしてたんだけど。
前年優勝者として連覇を期待されていたから悔しかったでしょうね。

残念だったのが第2ラウンドの最終18番。
予選通過ライン上にいましたが、ポットバンカーにつかまり、
痛恨のクアドラプルボギー。
通算7オーバーの93位で予選落ちしました。
試合後には「メチャクチャ悔しかった」、
「ありえない感じ」と振り返り、涙を流しました。

あの山下美夢有選手でも泣くんだ、と思いました。
いつも淡々としているから、
負けてもあまり動じない人なのかと思っていた。

そこは誤解しやすいところですよね。
メンタルが強い人は感情が動かない、落ち込まない、
泣かないと思われがちです。

本当のメンタルの強さは、何も感じないことではありません。
悔しいときには悔しがる。悲しいときには涙を流す。
ただし、その感情にいつまでも自分を支配させない。
感情を受け止めたあと、再び自分ができることに戻ってくる。
これは「レジリエンス」の本質でもあります。

忘れることが強さではない?

そうです。失敗をなかったことにするのではなく、
失敗から必要なものだけを持ち帰る。
山下選手は全英後、日本で自分のプレーや残りのシーズンの戦い方を
冷静に振り返ったと言います。
予選落ちを「私はダメだ」という自己否定に結びつけるのではなく、
「何が足りなかったのか」「何を元に戻せばいいのか」という
具体的な課題に置き換えたのでしょう。

つまり、「反省」はするけれど「自己否定」はしない。

そこが大切です。
失敗した自分と、失敗そのものを切り分けられる人は立ち直りが早い。
全英の予選落ちは山下選手の価値を下げたのではなく、
自分の原点を確認する材料になったのだと思います。
150センチの体で、飛距離を競わない

山下選手といえば、身長150センチしかない。
海外ツアーでは、かなりハンデだと思いますが。

LPGAツアーには、山下選手より体格が大きく、
ドライバーで圧倒的な飛距離を出す選手が数多くいます。
一方、山下選手の強みは、ショットの正確性と距離感、
そして大きく崩れない安定性です。
父・勝臣さんとつくり上げた「1ヤード刻みの距離感」も、
山下選手の武器として知られています。

でも、プロゴルファーなら、
やっぱり少しでも遠くへ飛ばしたくなるんじゃないかなあ・・・

そこなんですよ。
他人と比較したときに起きる最大の問題は、
自分の課題ではないものまで、自分の課題だと思ってしまうことです。
飛距離の出る選手を見て、
「自分ももっと飛ばさなければ勝てない」と考え、
無理に振り始めたらどうなるか。
もともと持っていた方向性や再現性を失う可能性があります。

山下選手は、小さな体格を克服したというより、
体格が違う以上、
最初から人と同じ戦い方を選ばなかったのではないでしょうか。
飛距離で勝てないなら、飛距離以外で勝つ。
正確なショット、1ヤード単位の距離感、100ヤード以内の精度、
ミスを連続させない修正力。
自分が持っている資源を最大限に生かす戦い方を身につけた。
アドラー心理学の「課題の分離」ですね。

ないものを増やそうとするのをやめて、あるものを磨いたということか。
すごいなあ。心理学も勉強しているのか・・・

「人と比べない」とは、向上心を持たないことではありません。
他人の長所を基準にして自分をつくり替えるのではなく、
自分の長所が最も生きる方法を考えることです。
これが「人と比べない思考」です。
父親が教えた「自分のミスは自分で引き受ける」

山下選手のゴルフは、
5歳のころから父・勝臣さんと一緒につくり上げてきました。
勝臣さんは、もともとゴルフの専門家ではありませんでした。
娘と一緒にゴルフを学び、スイングや距離感を研究しながら、
山下選手を育ててきたといいます。

父親が未経験者だったというのもすごい話だな。
普通なら、有名なコーチの教えと比べて不安になりそうだけど。

ここにも「人と比べない思考」がありますね。
他の選手がどんなコーチに習っているかではなく、
自分たちが納得できる方法を積み重ねてきた。

勝臣さんは、スコアが悪いことで娘を怒ることはなかったそうです。
ただし、ゴルフのマナーには厳しかった。
山下選手が幼いころ、ミスをして腹を立て、
クラブを地面に叩きつけたことがありました。
そのとき、勝臣さんはこう叱ったと伝えられています。
「自分のミスやろ。なんで人に当たんねん」

これは短いけれど、重い言葉だな。

このお父さんの教えが、
現在の山下選手のメンタルマネジメントにつながっているように思います。
悪い結果を、天候やコース、キャディー、同伴競技者のせいにしない。
自分のミスは自分で引き受ける。
ただし、自分を責め続けるのではなく、自分で修正する。
自分に責任があると捉えられる人は、
自分で状況を変えられるとも考えられます。
これは「心理的資本」の一つである「自己効力感」につながります。

他責にしないということは、自分を追い詰めることではない?

ええ。「全部自分が悪い」と責めることと、
「自分に変えられる部分はどこか」と考えることは違います。
山下選手に根づいているのは、後者でしょう。
2オンを狙わず、得意な距離を残す

今回の優勝で、
山下選手らしさが最も表れていたのは、どの場面だと思う?

私は最終日の5番パー5だと思います。
直前の4番ホールで、この日最初のボギーをたたきました。
そしてこの日5番ホールはティーが前に出され、
2オンを狙うこともできる設定でした。
でも山下選手は、まず4番ユーティリティーでフェアウェイに置き、
次に9番アイアンでつなぎました。
そして、得意な100ヤード以内からの3打目を約1メートルにつけてバーディー。
すぐにバウンスバックしました。

2オンを狙えるのに、あえて3打勝負で攻めたのか。
6打差で首位なら、安全策にも見えるけど・・・

いや、単なる安全策ではありません。
自分の成功確率が最も高い場所にボールを運んだ、
積極的なマネジメントです。
他の選手が2オンを狙うかどうかは関係ない。
ギャラリーが豪快なショットを期待しているかどうかも関係ない。
自分が最も自信を持って打てる距離を残し、そこで勝負した。

「人と比べない思考」が、具体的なプレーとして表れた場面ですね。
人は不安になると、周囲と同じ行動を取りたくなります。
ほかの選手が攻めていると、
自分も攻めなければ置いていかれるように感じる。
しかし山下選手は、周囲の選択ではなく、
自分の確率を信じることができる。
これは「自分の勝ち方」を理解している人の判断です。

でも、プロの試合なんだから、
まったく人と比べないというのは無理じゃないですか?
順位もスコアもそこら中に出てるし、
優勝するには相手より少ない打数で回らなければならない。

ようやく鋭いことを言いましたね。

「ようやく」は余計です

「人と比べない」という言葉は、注意して使う必要があります。
相手のスコアを見ない、順位を気にしない、
競争から降りるという意味ではありません。
スポーツにおける「人と比べない」とは、
他人の存在を無視することではありません。
他人のプレーによって、自分の基準を変えないことです。
飛ばす選手を見ても、無理に振り回さない。
誰かがバーディーを取っても、予定していた攻め方を急に変えない。
大差でリードしていても、守ることばかりを考えない。
でも相手の情報は確認する。
しかし、相手に自分の感情と判断を支配させない。

最終日、山下選手は6打差の首位からスタートしましたが、
「守り切る」というより、最後まで自分のプレーを続けました。
最終18番もバーディーで締めています。

大差があっても、最後までスコアを伸ばした。
それで9打差になったんだな。

相手との差を意識しながらプレーしていたら、
「これだけリードがあるから大丈夫」
「ミスをしなければいい」という守りの心理が働きます。
しかし、自分がやるべき一打に集中していれば、
リードしていてもプレーの質は変わりません。
山下選手の「さりげなさ」は、
順位に感情を揺さぶられないところから生まれているのでしょう。
山下美夢有の「さりげなさ」を支える3つの力

ここまでの話を整理しましょう。
山下選手の「人と比べない思考」は、精神論だけではありません。
僕は3つの力に分けられると思います。

出た、うるさい理論派のこまかい整理。

黙って聞くように!
まず一つ目は、自己理解です。
自分は何が得意で、何が不得意なのか。
どの距離を残せば、自信を持って打てるのか。
それを感覚ではなく、具体的に理解している。
二つ目は、自己決定です。
周囲がどう攻めるかではなく、
自分の成功確率に基づいて、自分でプレーを選択する。
そして三つ目は、自己修正です。
ミスをしても、誰かのせいにしたり、自分を否定したりせず、
次の一打に必要な修正を行う。

さらに「心理的資本」の視点から見ると、
そこには「HERO」の4要素も表れています。
自分のルートで目標へ向かう「Hope=希望」。
自分の技術と準備を信じる「Efficacy=自己効力感」。
全英の予選落ちから立て直す「Resilience=レジリエンス」。
失敗しても、次に改善できると考える「Optimism=現実的な楽観性」。
ただし、山下選手はそれを大げさな言葉で語りません。
日々の練習と一打ごとの判断の中で実践している。
だから、強さまで「さりげなく」見えるのです。
私たちは「自分の勝ち方」を知っているか

これは、ゴルフだけの話ではなさそうな気がする・・・

そうです!仕事でも人生でも同じです。
私たちは、他人の昇進や収入、才能、実績を見て、
自分に足りないものを探してしまいます。
もちろん、他人から学ぶことは必要です。
しかし、他人の長所をそのまま自分の目標にすると、
自分が本来持っている強みが見えなくなることがあります。

誰かの成功法が、そのまま自分の成功法になるとは限りませんからね。

大切なのは、人と比べる前にまずは自分に問いかけることです。
「自分が成果を出しやすい形は何か」
「自分が自信を持って打てる距離はどこか」
「自分がコントロールできることは何か」
山下選手にとって、それはフェアウェイにボールを置き、
得意な距離を残し、正確なショットでピンを狙うことでした。
私たちにも、それぞれの「得意な距離」があるはずです。
「人と比べない思考」の極意ですね。
メンタル分析:メンタルアナリスト/ホリシン(PsyCap Master 心理的資本開発指導士)
「心理的資本」や「レジリエンス」をテーマに「ホリシンColumn」を運営
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