『VIVANT』の主人公・乃木憂助は、日本を守るために活動する別班員である。
卓越した語学力、ずば抜けた計算能力、冷静な状況判断。必要とあれば、危険な場所へもためらわずに飛び込んでいく。
しかし、乃木を本当に動かしているものは、別班員としての使命感だけなのだろうか。
幼いころに引き離された両親。敵対する組織の中で出会った弟・ノコル。そして、日本で乃木の帰りを待つ薫とジャミーン。
乃木の行動をたどると、その奥に「家族を取り戻したい」「家族を守りたい」という強い思いが見えてくる。
今回は、『VIVANT』を全話見ているトレンドウォッチャー「ギャル・今田」、物語の複雑さについていけず、ときどきトンチンカンな発言をする「おっさん目線・トバリ」、そしてメンタルアナリスト「ホリシン」が、乃木憂助を動かす家族愛とその背後にある心理状態について考察します。
乃木は国家よりも「家族」を求めている?

今回は乃木憂助の「家族愛」について考察したいんですよね。私、ずっと思っていたんですけど、乃木憂助って日本を守る別班員である前に、家族を探し続けている人じゃないですか?

そうなの? オレはてっきり、乃木は丸菱商事の出世を目指しているサラリーマンだと思っていたけど。

いつの話ですか! 誤送金を取り戻そうとしていた最初のころから、全然アップデートされてないじゃないですか。

だって、商社マンが砂漠へ行って、気がついたらテロ組織と戦っていて、実は別班で、相手のボスが父親で、二宮和也が弟なんだろう? おっさんには情報量が多すぎるんだよ。

その混乱は分からなくもありません。しかし、複雑な物語を「家族」という一本の線で見ると、乃木憂助の行動が少し分かりやすくなります。
乃木憂助は幼いころ、バルカの内乱によって両親と引き離されました。日本へ戻ってからも、心の中には「なぜ自分は置き去りにされたのか」という思いが残っていたのでしょう。
その乃木憂助が、父ベキの存在を知り、さらに弟ノコルと出会う。これは、失った自分の一部を取り戻すような出来事だったのではないでしょうか。

乃木優助にとってベキは、追うべき敵であると同時に、ずっと会いたかった父親なんですよね。

敵の親玉がお父さんで、その右腕が弟。正月に全員そろったら、ものすごく気まずい家族だな。

お正月に集まる普通の家族にしないでください!

ただ、乃木憂助が求めているのは、単に血のつながった人たちと食卓を囲むことではないと思います。
乃木が本当に求めているのは、「自分は捨てられたのではなかった」と確認すること。そして、自分にも帰る場所があると実感することではないでしょうか。
乃木とノコル――血がつながっていない兄弟に愛はあるか?

乃木憂助とノコルの関係も切ないんですよ。
乃木憂助から見れば、ノコルは思いもかけず出会えた弟。でもノコルからすれば、乃木は突然現れた兄ですよね。しかも父ベキの実の息子。

え?ノコルも乃木家の実の息子じゃないの?

そこからですか!全然違いますって

でも二人ともベキの息子みたいなものだろう。だったら仲良くすればいいじゃないか。

そう簡単にはいきません。
家族には、少なくとも二つのつながりがあります。
一つは、血縁や戸籍などによって生まれたときから与えられるつながり。もう一つは、一緒に過ごし、助け合い、信頼を積み重ねることでつくられる心理的なつながりです。
乃木憂助とノコルの間には、二つともありません。お互いが兄弟として認め合っただけです。

乃木憂助にとってノコルは「欲しかった弟」だけれど、ノコルにとって乃木憂助は「父を奪うかもしれない兄」でもある。

そこには警戒心だけでなく、嫉妬や不安もあるでしょう。
ノコルはベキのそばで生きてきました。その関係の中に、ベキの実子である乃木憂助が突然現れる。頭では兄だと分かっても、すぐに無条件で受け入れられるとは限りません。

弟としては、「ずっと親父を支えてきたのはオレだぞ」という気持ちもあるわけか。

トバリさん、ようやく話についてきましたね。

家族って複雑だなあ・・・

ここが重要です。
血がつながっていても、心まで家族になれるとは限りません。ましてや血のつながっていない乃木憂助とノコルが本当の兄弟になれるかどうかは、これから二人が父ベキを介さず、どのような信頼を築くかにかかっています。
家族は、与えられる関係であると同時に、つくり続ける関係でもあるのです。
薫とジャミーンは乃木の「新しい家族」なのか

そう、そこなんですよ、あれ?今回は私の出番はないんでしたね。

あれ?急に誰かの声が聞こえた気がしたけど。

気のせいです。カタヒラさんの「F」かもしれません。

ところで薫さんは乃木の奥さんで、ジャミーンは二人の娘という理解でいいんだよね?

よくないです! 第一結婚していないし、ジャミーンは二人の実の娘でもありません!

でも、三人でいると家族に見えるぞ。

その感覚は、今回のテーマにとって大切です。
乃木、薫、ジャミーンの間に血のつながりはありません。しかし三人の間には、家族と呼びたくなるような関係が育っています。
薫は医師としてジャミーンを献身的に支え、乃木もジャミーンの命を救うために力を尽くしました。ジャミーンは乃木を信頼し、乃木も薫とジャミーンのいる場所に安らぎを感じています。

乃木憂助って、薫さんとジャミーンの前では、別班員ではない普通の人に戻れる感じがあります。

乃木憂助にとってノコルは、失った過去の家族につながる存在です。一方で、薫とジャミーンは、これからつくっていく未来の家族を象徴しているのかもしれません。

過去の家族と未来の家族か。そう考えると、乃木も幸せ者だな。バルカへ行けば弟がいるし、日本へ帰れば薫さんとジャミーンがいる。

急に単身赴任のお父さんみたいにしないでください!

乃木憂助の中にいる「F」も、父から得ようとしている愛情は、すでに薫とジャミーンから得ているという趣旨のことを語っていました。
乃木自身は失った家族を追い続けている。しかし「F」は、乃木が探しているものがすでに目の前にあることに気づいていたのではないでしょうか。
人は「誰かのため」に強くなれるか?

乃木憂助は自分のためだけだったら、あそこまで危険なことはできなかったかもしれませんね。

いや、別班だからできるんじゃないの? 特殊な訓練も受けているし。

もちろん、能力や訓練も必要です。しかし、能力があることと、その能力を使って行動できることは同じではありません。
どれほど優れた力を持っていても、「なぜ、それをするのか」という理由がなければ、人は最後の一歩を踏み出せないことがあります。
そこで力になるのが、「誰かのために」という思いです。
自分のためだけでは耐えられない苦しみにも、守りたい人がいるから耐えられる。自分のためだけでは立ち上がれなくても、待っている人のためなら立ち上がれる。
家族を思う気持ちは、人を行動へ向かわせる強力なエンジンになります。

乃木憂助の場合は、ノコルを救いたい気持ちも、薫さんとジャミーンのもとへ帰りたい気持ちも、戦い続ける理由になっている。

オレも家族から「帰りに牛乳を買ってきて」と言われたら、雨が降っていても買いに行くぞ。

急にスケールが小さくなりましたね。

しかし、それも立派な「誰かのため」です。
大切なのは、行動の大きさではありません。自分以外の誰かを思うことで、面倒くささや不安を乗り越え、実際に動けることです。
「家族愛」は「心理的資本」に入るのか

でました!「心理的資本」。「心理的資本」って、確か「HERO」だったよね。「家族愛」は、どこにあるの?

まさか「FAMILY」のFを加えて、「HEROF」にするとか?

それなら「F」つながりで、乃木のストーリーとしてもちょうどいいじゃないか。

発想は面白いのですが、残念ながら「HEROF」にはなりません。
「心理的資本」は、次の四つの要素で構成されています。
- Hope:希望
- Efficacy:自己効力感
- Resilience:レジリエンス
- Optimism:楽観性
頭文字を取って「HERO」です。これは「心理的資本」を提唱したフレッド・ルーサンスたちによって示された枠組みなので、「家族愛」を勝手に第5の要素として加えることはできません。

では、「家族愛」と「心理的資本」は無関係ですか?

構成要素としては別です。しかし、「家族愛」や「誰かのために」という気持ちは、「HERO」の4要素を陰から動かすことができるのではないでしょうか。
私はこれを「隠れ心理的資本」と呼んでいます。
これは学術的に認められた心理学用語ではありません。「家族愛」や「他者への思い」が、本人の「心理的資本」を引き出す働きを表すための独自の呼び方です
「隠れ心理的資本」が「HERO」を動かす

「隠れ心理的資本」か。「別班」みたいでいいね。表には出てこないけれど、裏で人間を動かしている。

えーーー、なんと「心理的資本」にも「別班」がいた!

まさに人間の心を陰で動かしている感じですね。「HERO」を支える力です。
こんな感じに・・・
「Hope」――「誰かのために」、別の道を探す
自分一人の問題なら、途中であきらめてしまうことがあります。
しかし、守りたい家族がいると、
「まだ何か方法があるはずだ」
「別のルートを探してみよう」
「ここで終わるわけにはいかない」
と、もう一つの道を探そうとします。
「誰かのために」という気持ちが、「Hope」の目標と経路を生み出します。
「Efficacy」――自分がやらなければ
大切な人が困っているとき、人は普段以上の力を発揮することがあります。
「自分にできるだろうか」ではなく、「自分がやらなければ」と考える。その思いが、これまでの経験や能力を総動員させます。
「家族愛」が、行動するための「自己効力感」を呼び起こすのです。
「Resilience」――待っている人のために立ち直る
失敗や挫折によって、自分のためにはもう頑張れないと思うことがあります。
それでも、
「家族が待っている」
「あの人を悲しませたくない」
「もう一度笑顔で会いたい」
という思いが、立ち上がる理由になります。
「誰かのために」は、「レジリエンス」を回復させる強い支えになります。
「Optimism」――ともに生きる未来を信じる
未来を信じることは、自分一人では難しいことがあります。
しかし、大切な人と過ごす未来を思い浮かべると、「この状況はいつか変えられる」と考えられるようになります。
家族の存在が、現在の苦しみを永遠のものではなく、一時的なものとして捉え直す力を与えてくれるのです。

つまり、「家族愛」は「HERO」の正規メンバーではない。でも、「HERO」のスイッチを入れる存在なんですね。確かに「別班」だ。

その表現は分かりやすいですね。
「家族愛」「誰かのため」は「心理的資本」そのものではない。しかし、心の中にある「心理的資本」を目覚めさせ、行動へ変える。だから「隠れ心理的資本」なのです。
「家族愛」は「最強の力」であり「最大の弱点」

それなら、「家族愛」はいいことばかりじゃないか。みんな家族のために頑張ればいい。

ちょっとおっさん、おっさん、『VIVANT』を見ていたら、そんな単純な話じゃないと分かるでしょう。

「家族愛」は人を強くしますが、同時に弱点にもなります。
愛する人を失う恐怖によって、冷静な判断ができなくなることがある。家族を人質に取られれば、正しいと思っていた信念を曲げてしまうかもしれない。
また、「家族のためだから」と考えることで、本来なら許されない行動まで正当化してしまう危険もあります。

家族を守るためなら何をしてもいい、というわけではないのか。

もちろんです。
「家族のために」が、
「失敗してはいけない」
「自分がすべて背負わなければならない」
「家族は自分の言うとおりにすべきだ」
に変わると、愛情はプレッシャーや支配になります。

敵から見ても、乃木憂助が大切にしている人が分かれば、そこが狙い目になります。薫さんやジャミーンは、乃木にとって力であると同時に、最大の弱点にもなり得る。

だからこそ、前回取り上げた「F」のような「もう一人の自分」が必要です。
「いま、家族への思いで冷静さを失っていないか」
「本当に相手のための行動なのか」
「自分の不安を家族に押しつけていないか」
「家族愛」という強いエネルギーを正しい方向へ使うためには、自分を外側から見るメタ認知が欠かせません。

「家族のために失敗できない」から「家族がいるから立ち直れる」へ

スポーツ選手も、よく「家族のために頑張ります」と言いいますね。

あれ?またカタヒラ「F」の声が・・・

家族の存在が力になる選手は多いでしょう。しかし、同じ家族への思いでも、受け止め方によって作用が変わります。
「家族のために失敗できない」と考えると、大きなプレッシャーになります。
一方で、
「失敗しても帰る場所がある」
「結果に関係なく応援してくれる人がいる」
「家族がいるから、また挑戦できる」
と考えれば、家族の存在は「レジリエンス」を高めます。

乃木憂助にとっても、「薫さんとジャミーンを守らなければ」と思うだけでは苦しくなる。でも、「二人が待っているから帰ろう」と思えれば力になる。

そうです。
家族は、結果を求めて背中を押し続ける存在ではありません。本来は、疲れたときに戻り、傷ついたときに立て直すことのできる「安全基地」です。
「家族愛」が「隠れ心理的資本」として働くためには、「期待に応えなければならない」という義務感よりも、「自分には帰る場所がある」という安心感が大切なのです。

乃木憂助が本当に探しているもの

乃木憂助が探してきたものは、父ベキの真実だけではなかったのかもしれませんね。

ノコルとの兄弟愛でもない?

父も弟も大切です。しかし、その奥にあるのは、「自分が帰っていい場所」を探す気持ちではないでしょうか。
幼い乃木は、家族と離れ離れになり、自分の居場所を失いました。
だから大人になってからも、父の愛を確かめようとし、弟とのつながりを求める。一方で、薫とジャミーンとの間には、新しい居場所が生まれ始めています。

ノコルは乃木の過去につながる家族。薫さんとジャミーンは、乃木憂助の未来につながる家族。

乃木は過去の家族を取り戻すだけでなく、これからの家族をつくらなければならないのか。

その両方を受け入れたとき、乃木は初めて「捨てられた子ども」から解放されるのかもしれません。
過去を取り戻すことはできません。しかし、過去の意味を捉え直し、新しいつながりをつくることはできます。
それもまた、乃木にとっての大きな逆転ではないでしょうか。
まとめ――「家族愛」は「HERO」を動かす「<別班>心理的資本」

ようやく分かったよ。乃木を動かしているのは、別班の命令だけではない。弟を思う気持ちや、薫さんとジャミーンのところへ帰りたい気持ちなんだな。

トバリさん、『VIVANT』をもう一度最初から見直したら、もっと分かると思いますよ。テレビはしばらくお休みだし。

今田が「VIVANT相関図」を書いてくれたら挑戦してみる。

いやです、そんなめんどくさいこと!
それこそご家族に頼んでください!

うちの「家族愛」は薄いからなあ・・・

「家族愛」や「誰かのために」という気持ちは、実際には「心理的資本」の構成要素ではありません。
しかし、「Hope」「Efficacy」「Resilience」「Optimism」のすべてに火をつけ、人を行動へ向かわせる力があります。
だから私は、これを「HERO」の陰で働く「隠れ心理的資本」と呼んでいます。
人は、自分のためだけでは立ち上がれないことがあります。
それでも、守りたい人がいる。
待っている人がいる。
もう一度会いたい人がいる。
そう思えたとき、見えなくなっていた道をもう一度探し、失っていた自信を取り戻し、逆境から立ち上がり、未来を信じることができる。
乃木を動かしているものは、別班員としての使命感だけではない。
失った家族にもう一度つながりたいという希望と、新しい家族を守りたいという思いです。
『VIVANT』が描いている最大の謎は、乃木が何者なのかではなく、乃木が最後にどこへ帰ろうとしているのか――なのかもしれません。
メンタル分析:メンタルアナリスト/ホリシン(PsyCap Master 心理的資本開発指導士)
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