将棋界に、歴史を変える棋士が誕生する。
2026年10月、西山朋佳女流四冠が棋士編入の権利を行使することを表明した。
2027年4月1日付で、女性初の棋士(フリークラス4段)となる。
しかし、彼女の歩みを振り返ると、今回のニュースは単なる「快挙」では終わらない。
奨励会三段リーグでの挫折。女流棋士への転向。再挑戦「棋士編入試験」での不合格。
そして、女流棋界で実績を積み重ね、新制度でとうとう棋士への道を切り開いた。
何度も壁にぶつかりながらも、男性社会の将棋界で挑戦を続けてきた西山朋佳。
その姿を見ていると、どうしても「レジリエンス」という言葉が思い浮かぶ。
「レジリエンス」とは、逆境に直面しても立ち直り、環境に適応しながら前へ進む力。
今回は、「将棋オタク・オオヤマ」「観る将女子・カリン」そして「にわか将メンタルアナリスト・ホリシン」の3人が、西山朋佳の挑戦と棋士編入制度をめぐって議論する。
果たして、彼女のメンタルの強さを支えているものは何なのだろうか。
将棋は体力勝負じゃない。それなのになぜ女性棋士はいなかった?

西山さん、ついに女性初の棋士になるんだね! 本当におめでとうございます、という気持ち。ずっと棋士を目指してきた人だから、今回の基準クリアと編入の決断はうれしいな

いや、快挙なのは間違いない。ただ、将棋ファンとしては、ここで考えておきたいこともあるんだよ。そもそも、なぜ今まで女性の棋士がいなかったのか、という問題だ

ちょっと待ってください。将棋って、男女で同じ盤を使って対局するんですよね。
スポーツのように筋力や体格が直接勝敗を左右する競技でもない。
それなのに、女性の棋士がいなかったのはなぜなんですか?

まず、棋士と女流棋士は制度が違う。棋士になるには、通常、奨励会という養成機関で勝ち上がり、四段に昇段しなければならない。年齢制限もある。でも女性だから棋士になれないという規則があったわけではないんだ

でもそもそも女性の競技人口は男性より少ないし、棋士を目指す女性そのものが少なかった。
そうなると必然的にプロになれるほどの実力を持った女性が出てくる確率だって低くなるよね

確かに競技人口の違いは無視できない。もちろん、それだけで全部を説明できるわけじゃないけどね。育成環境や、女性がプロ棋士を目指すことへの周囲の期待、将棋界の歴史的な慣習など、いろいろな要因が考えられる

なるほど。『女性だから将棋が弱い』という話ではなく、棋士になるまでの競争環境そのものを考えないといけないわけですね

だからこそ、西山さんの挑戦には意味があると思う。
女性が棋士を目指しても、現実にはものすごく高い壁があった。
その壁に何度も挑んできた人が、ようやく新しい道を切り開いたんだから

ただし、今回の制度をどう評価するかは別の問題だよ。
そこはきちんと考えたい

女性初の棋士が誕生することは、歴史的な出来事です。
しかし、その険しい道のりを理解するには、彼女がどんな制度のなかで、
どんな壁に直面してきたのかを知る必要がありますね。
そして、その壁の高さを知るほど、西山朋佳という人物の歩みが気になってきます。
白玲5期で棋士になれる? 新しい編入制度への疑問

今回のポイントは、女流が棋士になるための道が3つになったことだ。
従来の奨励会ルート、棋士編入試験ルート、そして新設された「白玲通算5期」による編入ルート。この3つ目が、今回初めて適用された

でも、考えてみれば、そこまでの実績を積み上げること自体が大変だよ。
西山さんは白玲を含めた四冠を持っている。

そう。特に白玲は女流棋界の最高峰のタイトルの一つ。だから実績としては非常に大きい。
ただ、僕が気になるのは、白玲を5期取れば、棋士としての実力が本当に担保されるのかという点なんだ

実力が担保される、というのはどういう意味ですか?

女流棋戦で強いことと、棋士の公式戦で男性棋士たちと互角に戦えることは、同じとは限らない。対戦相手も棋戦の構造も違うからね。白玲5期という実績はすごい。でも、それだけで棋士の棋戦でも十分に戦えると判断していいのか、という疑問は残る

でも、男性棋士と同じ棋戦に出て実績を積む機会がなければ、そこでの実力を証明することもできないよね。最初から同じ条件で戦う機会が少なかったことも、考えないといけないんじゃない?

そこは確かにそうなんだ。今回の制度は、女流棋界でトップクラスの実績を持つ棋士に、新しい道を開くものとして設けられた。
日本将棋連盟も、白玲通算5期という実績を評価している

つまり、オオヤマさんは、制度に反対というより、棋士としての実力をどう評価するか、ふさわしい結果が残せるのかが気になるんですね?

そういうこと。しかも、今回の編入はフリークラス四段だ。順位戦にはすぐに参加できず、そこから先にも課題がある。棋士になったことと、棋士としてどこまで活躍できるかは別の話なんだ

それはそうだけど、だからこそ、これからの西山さんを見たいんじゃない。
棋士になった瞬間がゴールじゃなくて、そこからが新しいスタートなんだから

なるほど。制度の評価と、本人の挑戦の価値は分けて考える必要があるんですね
棋士編入制度をめぐる疑念は、簡単には片づかない。
白玲通算5期という実績は、女流棋界における圧倒的な強さを示している。
一方、それが棋士の棋戦での実力をどこまで保証するのかは、今後の対局を通じて見えてくるだろう。
「棋士」として将来タイトルに挑戦できるほどの実力があるところをぜひ証明して欲しい。
ただ、ここで一つ、別の問いが浮かぶ。
西山朋佳は、なぜ何度も壁にぶつかりながら、棋士への挑戦を続けることができたのだろうか。
14勝4敗でも届かなかった夢――西山朋佳の挫折

私は、西山さんの経歴を知れば知るほど、今回のニュースが感慨深くなるんだよね。最初から順調に棋士になれたわけじゃないから

まず2020年の奨励会三段リーグだね。西山さんは14勝4敗という好成績を残した。
でも、四段に昇段できるのは上位2人。3人が同じ勝ち星で並んだなかで、前年の順位の差によって次点になった

14勝もして、あと一歩で届かなかったのか。それは厳しいなあ

しかも、奨励会には25歳という年齢制限がある。
西山さんはその後、2021年に奨励会を退会して女流棋士に転向したんだよね

棋士を目指す道から、やむなく離れることになったわけだ

そのときの気持ちは、本人にしか分からないですよね。
悔しかっただろうとは思うけれど、でも簡単には諦めなかったんですよね?

そうなんだよ。女流棋士になったあとも、タイトル戦で活躍し続けた。
そして棋士への道はまだ完全に閉ざされたわけじゃなかった。
2024年から2025年にかけて棋士編入試験にも挑戦したけれど、結果は2勝3敗で不合格だった

さすが「観る将女子」、よく知ってるね。
ここでまたまた棋士を目指す道は閉ざされたわけだ

うーん……。一度ならず、二度も大きな壁にぶつかったわけだ

それでも将棋を続けて、女流棋界のトップで戦い続けた。
そして、白玲を通算5期獲得して、今回の新しい制度による棋士編入資格を得たんだよ

そう考えると、今回のニュースは、単に新しい制度ができたから実現したというだけではないんですね。その制度の対象になるところまで、本人があきらめずに実績を積み重ねてきたわけだから。そのメンタルもすごいですね。
西山朋佳の歩みは、決して一直線ではなかった。
目標に届かなかった経験があり、進む道を変えた時期があり、再び挑んで届かなかった経験もある。
それでも、将棋を続けるなかで、新たな道が開けた。
ここで私は、将棋の勝ち負けとは少し違う視点から、彼女の歩みを考えてみたい。
「レジリエンス」――逆境を乗り越える力とは何か?

二人の話を聞いていて、私は西山さんの歩みに、並外れた『レジリエンス』の存在を感じます。

「レジリエンス」? それって、失敗しても立ち直る力ということ?

そうです。ただ、単に元気を取り戻すことだけじゃありません。
困難に直面したとき、状況に適応して、必要なら進む道を変えながら、
再び前へ進む力のことを指します。

西山さんの場合、最初に目指していた道が閉ざされたあと、女流棋士として新しい道を歩んだ。そして、もう一度棋士を目指す機会が訪れた

そうなんです。「レジリエンス」というと、どんなに苦しくても我慢して、元の場所に戻ることだと思われがちだけど、そうとは限らない。
環境が変わったら、自分の進み方を変えてもいい。
目標に向かう道筋が一つしかないわけじゃないんだ

でも、本人は棋士になりたいという気持ちをずっと持っていたんじゃないの?

そうかもしれない。ただ、そこは本人の発言を確認せずに決めつけることはできないですが、大切なのは外から見て『諦めなかった人』と評価するだけでなく、本人がどんな決断をし、どんな道を選んできたのかを尊重することだと思う

なるほど。女流棋士に転向したことも、単純に夢を諦めたという話ではないんだね

そう。「レジリエンス」は、失敗しないことでも、ずっと強気でいることでもない。うまくいかない現実を受け止めて、そのときの自分にできることを探し直す力なんだ

棋士の世界でも、勝ち続けられる人はいない。
負けたあと、次の対局にどう向き合うかが重要になるわけか

まさにそこです。将棋は一局ごとに勝敗が決まる。
でも、人生は一局で終わるわけじゃない。
そこに「レジリエンス」の意味があると思います。
私は、西山さんの歩みを見て、
「レジリエンス」とは「何があっても折れない心」ではないのだと改めて感じました。
折れることもある。悩むこともある。そして道を変えることもある。
それでも、その先に新しい可能性を見いだせるかどうか。
西山さんの歩みからは、そんな問いを投げかけられているように思う。
「HERO」の先頭に「R」を置く――「失敗ありき」の人生観

ところで、ホリシン先生の得意分野の『心理的資本』とは、今回の話はどうつながるんだ?

「心理的資本」には、「HERO」という4つの力があるのはご存知ですよね?

耳タコ・・・

Hope(希望)、Efficacy(自己効力感)、Resilience(レジリエンス)、Optimism(楽観力)のことですね

なるほど。「心理的資本」に当てはめると、女流棋士に転向したことは、
単純に夢を諦めたという話ではないんだ・・・
「Hope」は目標、「Efficacy」は自分ならできるという感覚、「Optimism」は未来を前向きに捉える力、そして「Resilience」が逆境から立ち直る力?

よくできました。私は今回、西山さんの歩みを見ながら、彼女は「HERO」のなかでも、あえて「R」を先頭に置いているのではないかと思いました。
もちろん本人は全く意識していないと思いますが。

「HERO」には順番があるのか?

メンタルマネジメント上のイメージです。「心理的資本」の中でも自分の得意なリソースを先頭にして隊列を組んで高い山を登る感じです。今回の西山さんは「レジリエンス」が先頭だったのではないかと感じました。人生は、「Hope=希望」を持って努力すれば必ず成功する、というものではないですよね。むしろ、失敗や挫折は避けられないものとして考えたほうが現実的だというマネジメントですね。

確かに。西山さんも、努力したからすぐに棋士になれたわけではないもんね

そうなんです。であればまず「R」、つまり「レジリエンス」をメンタルの土台に置いてみたら切り替えが簡単になります。失敗することもある。思いどおりにならないこともある。でもその現実を想定内として受け入れられれば、もう一度希望を持ち、自分にできることを考え、未来の可能性を探していくことができます。

つまり、最初から成功を前提にするのではなく、失敗する可能性も含めて人生を考えるということか

そうです。そうすれば「Hope」は、目標を失ったときに新しい道を見いだす力になります。「Efficacy」は、目の前の課題に向き合う自信を支えてくれます。「Optimism」は、今の失敗だけで未来が決まるわけではないと考える力になります。こうした力が「レジリエンス」と相互に作用して、次の挑戦につながっていく・・・

そう考えると、「レジリエンス」って、失敗したときだけ必要になる力じゃないんだね

そのとおり。失敗から立ち直るときにも必要だけど、失敗を恐れずに新しいことへ挑戦するときにも大切な力ですね。一度失敗しても人生が終わるわけではない。
そう思えることが、新しい一歩を踏み出す勇気になるんですね。
西山朋佳女流四冠の経歴を「心理的資本」の視点から考えるなら、彼女が常に希望に満ち、自信にあふれ、前向きだったと決めつける必要はない。
むしろ、思いどおりにならない現実があることを前提に、それでも自分の可能性を探し続ける姿勢に注目したい。
「HERO」の「R」を先頭に置く。
それは、人生を成功の連続として考えるのではなく、失敗や挫折も含めて、自分の人生を臨機応変に組み立てていくという考え方なのだ。
勝負のメンタルマネジメントは、いつも前向きでいることではない

西山さんの会見で印象的だったのは、『もっと強い方と戦いたい』『もっと上を目指す戦いをしてみたい』という言葉だったな

棋士になること自体がゴールではない、ということだね。棋士になったあとも、さらに強い相手と戦い、自分の力を試したいということなんだろう

私は、そこに成功するメンタルマネジメントのヒントがあると思います。
大きな目標を持つことは大切だけど、その目標だけを見ていると、目の前の課題が見えなくなることもあります

遠い目標と、目の前の一局。その両方が大事なんだね

そう。西山さんも、棋士編入後の目標について、これまでどおり目の前の一局一局を全力で指すという姿勢を大切にしたいと語っています。
結果を急ぐのではなく、目の前でできることを積み重ねる。その考え方は、仕事にも通じると思うんだ

でも、勝負の世界である以上、結果を求められることからは逃れられないよ

もちろん。結果を気にしなくていいという話ではありません。大切なのは、自分でコントロールできることと、できないことを分けて考えること。相手の強さや勝敗そのものは完全にはコントロールできない。でも、準備をすること、目の前の課題に集中すること、自分の課題を見つけることはできる

結果だけで自分を評価するのではなく、自分ができることをやり切ったかどうかにも目を向けるんだね

そう。「レジリエンス」は、失敗したあとに気持ちを切り替えるだけではない。
失敗するかもしれない状況でも、自分のできることに集中して挑戦するための土台にもなるんだ
将棋の世界では、一局の勝敗が大きな意味を持つ。
しかし、勝ったからすべてが正しく、負けたからすべてが間違っていた、というわけではない。
もちろん、勝敗から学ぶことは多い。それでも、結果だけで自分の価値を決めてしまえば、負けることが怖くなり、挑戦そのものを避けるようになるかもしれない。
目の前の一局に全力を尽くす。そして、結果を受け止め、次に生かす。
そんな積み重ねこそが、長い勝負の世界を生き抜くための柔軟なメンタルマネジメントなのではないだろうか。
西山朋佳の挑戦が、私たちに教えてくれること

棋士編入制度については、これからも議論が続くと思う。白玲5期という実績が棋士の棋戦でどこまで通用するのか。それは、これからの西山さんの対局を見ていく必要がある

うん。でも、制度の評価とは別に、西山さんがこれまで積み重ねてきた努力や、挑戦を続けてきたことの価値は変わらないと思う

私もそう思う。今回の出来事を、女性初の棋士が誕生するという歴史的なニュースとして見ることも大切だ。でも、もう一つ、私たち自身の人生に引き寄せて考えてみたいんだ

というと?

人生では、努力しても結果が出ないことがある。目指していた道が閉ざされることもある。そんなとき、私たちはどうするのか。諦めるのか、別の道を探すのか、それとも少し休んでから再び挑戦するのか。どれが正解かは、人によって違うと思う

大事なのは、周りから見て成功したかどうかだけじゃなくて、自分が納得できる道を選べるかどうか、ということかな

そうですね。「レジリエンス」は、どんなときも頑張り続けなさい、という教えではありません。休むことも、方向を変えることも、別の目標を持つことも選択肢になる。そのうえで、自分の人生をもう一度組み立てていく力なんだと思う

将棋の棋士になる道は、これからも変わっていくかもしれない。
西山さんの挑戦が、その変化のきっかけになる可能性もあるね

これから棋士として、どんな将棋を見せてくれるのか楽しみ。女性初という肩書だけでなく、一人の棋士として応援したいな

私も、これからの西山さんの挑戦を見守りたいですね。そして、彼女の歩みから学びたいのは、成功する方法だけではありません。うまくいかないときに、どう自分を支え、次の一歩を見つけるか。その力こそ、私たちが人生のなかで育てていける「心理的資本」なのではないでしょうか。
おわりに――失敗ありきの人生を、どう歩むか
西山朋佳女流四冠の挑戦は、将棋界に新たな歴史を刻む出来事だ。
しかし、その歩みから学べることは、将棋の世界だけにとどまらない。
目標に届かないことがある。努力が報われないことがある。
自分が進みたいと思っていた道が、途中で閉ざされることもある。
それでも、人生はそこで終わりではない。
進む道を変えることもできる。新しい目標を見つけることもできる。
そして、これまでの経験を糧に、もう一度挑戦することもできる。
「心理的資本」の「HEROモデル」は、「Hope(希望)」「Efficacy(自己効力感)」「Resilience(レジリエンス)」「Optimism(楽観力)」の4つの力から成り立っている。
今回、私はあえて「R」を先頭に置いて考えてみた。
失敗しない人生を目指すのではなく、失敗することもある人生を前提にする。
挫折した自分を否定するのではなく、そこから何を学び、次にどう進むかを考える。
「レジリエンス」を土台にして、希望を見いだし、自分にできることを信じ、未来の可能性を探していく。
もちろんそれは、将棋の棋士だけに求められる力ではない。
仕事で壁にぶつかったときも、人生の節目で迷ったときも、年齢を重ねて新しい挑戦を始めるときも、私たちを支えてくれる力なのだと思う。
西山朋佳女流四冠の挑戦が教えてくれるのは、失敗しないことの大切さではない。
失敗や挫折があっても大丈夫。そこから自分の人生をもう一度つくればいい。
あなたは、人生の壁にぶつかったとき、どんな力を頼りに次の一歩を踏み出しますか?

